去年は具合が悪すぎて、神戸尊の事件簿10周年記念が出来ませんでしたが。
今回は本格的に短編書いてみました。

とはいえ、今年はスギ花粉の量が去年の12倍ということで、しばらくアナフィラキシーのようになって、ステロイドで落ち着かせていますが。

そんなわけで、これを書き始めるきっかけとなった3月11日にはUPしたかったのですが、3月中にUPできました。

11周年のコピー
Side Ukyo's Theme:The Police - So Lonely




メインに都営地下鉄浅草線が使用され、しかし何故か街並みはアメリカのチャイナタウン。
というので有名なミュージックビデオ。(看板に美国の文字がある。)
この曲がリリースされたのは1978年。
サンフランシスコのチャイナタウンに地下鉄が出来たのは最近らしいので。
平仮名も片仮名もあるから日本人から見ればバレバレだけど。
漢字があれば英語圏の人にはバレない。って事だったのかな😅

アジアでのイギリスは香港だけど、自分は香港人ではない日本人。
おそらくロンドンでの右京はこんな気持ちだと思うんだ。


                ▽         ▽

「神戸警部殿!」

いつもはなんやかんや言い訳をつけて寛ぎに来るか。
はたまた事件捜査の応援を頼みに来るかのどちらかの、緩い雰囲気でこの部屋にやってくる捜査一課の伊丹憲一だが。
今日は何か雰囲気が違う。

一体何事か。と、組織犯罪対策第五課の人々は、そのひょろ長い黒い影が奥にある小さな部屋へと滑り込むのを、視線で追うが。
彼の手にはエアメールらしき封筒が握られている。
その外国からの相手と言うのは、組織犯罪対策第五課の人間でも察しが付く。
いつもよりも口調が険しいのは、その封筒のせいだろう。

「神戸警部殿!」

「ああ。伊丹さん。どうしたんですか?」

眉間に皺を寄せ、睨み付けるような伊丹の視線に。
かつての主。杉下右京のデスクだった席で、今日はなんだかつまらなそうに頬杖をついて、物思いにふけっている神戸尊は、不思議そうに小首をかしげる。

今ではすっかりこの部屋の元の主とは逆に、特命係は正攻法で高い捜査能力を持つ部署として、刑事部長や中園参事官も文句の言えない状態となっている。
現に警部補だった階級も今は警部の階級で、もう元の主が戻ってくることはないことを物語っている。

「あんたにここの主だった人物から挑戦状です」

「は??」

「どういうわけか、うちのところに届いたんで、届けに来たんですよ」

嫌気の指したような口調でそう応えると。
ばん!と、音を立てて出入り口すぐにあるお茶のみデスクの上に、手に握ったエアメールを叩きつけた。
確かに封を解かれた封筒には、かつて見慣れた元上司の名前。
手紙の中身は奇妙なものであった。

                      ▽

Can you solve it?
『Who killed Cock Robin』
『Humpty Dumpty sat on a wall』
『My mother has killed me』

もう戻っては来ない。と言う決意の現れのようにわざとらしく英語で書かれたその手紙には、「kill」だの物騒な文言が並ぶが。
送りつけられた当の本人は、実に楽しそうに笑みを浮かべるのだ。
その反応に伊丹は怪訝そうに視線を向けるが、その意味を彼はすぐに返すのだった。

「マザーグースですね」

「は???」

「イギリスやアメリカ発祥の童謡ですよ。日本で有名なものはロンドン橋とか、メリーさんの羊とか。その中でも残酷なものをならべて来たんですよ」

「何でそんなものを?」

「さあ。何でしょうね?これが解けますか?だそうですし。なにぶんこういう事件ものには目がない人ですし」

「はあ・・・」

そうしてどこかワクワクしたような口調の尊に伊丹は呆れながら「じゃあ、こちとら退散しますよ」と、背を向けたところで、尊はさらに声をかける。

「良いじゃないですか。ちょっと付き合って行きませんか?一つは事故ですが残りの二つは殺人事件です。ずっと昔の話ですけどね」

「そうなんですか?」

そう声をかけると、案の定伊丹はその単語に反応する。
右京とは違う認識での『殺人』の反応である。

「このひとつめのクックロビンというのは、直訳ではヨーロッパコマドリの雄の事なんですが、意訳ではロビン・フッドのことなんですよ」



「ロビン・フッド?イギリス王室の森の中に村を作って住んでいた義賊。っていう」

「はい。とはいえ、このロビン・フッドと言うのは明確なモデルは存在せず、元々ヨーロッパコマドリは胸が赤いと言う特徴から、地獄から人々を助けるために身を血に染めた。と言う伝承から、義賊や魔女に繋がった。って言われているんです」

「ネズミ小僧や石川五右衛門みたいなもんか」

「ちょっと違うような気もしますが。創作によって義賊とされたところは共通しているので。まあ、そんなものでしょうね。
これはイングランド王が殺害された事件を、庶民なりに推理した歌のようですけど。その王様が大量の兵士を使っても直せなかったのが、ハンプティ・ダンプティーです」



「ああ。あのヨコハマタイヤの昔のキャラクターみたいなやつな」
ヨコハマタイヤ
その独特な表現に、尊は思わずくすりと笑う。
確かにかつて街中に見かけた、ヨコハマタイヤのタイヤに顔のついたキャラクターに似ていなくもない。

「確かに、丸いものに妙にリアルな人の顔がついているもの。って、同じものの印象うけますよね。
元々アメリカで生まれたキャラクターみたいなんで、ヨコハマタイヤの資本関係の会社のキャラクターだったらしいですよ。名前もちゃんとあって、スマイレージって言うみたいです」

「アメリカかよ。確かにそんな感じがしねえでもねえが。そういや最近あの顔見かけねえが、どうなったんだ」

「ヨコハマタイヤが80年代後半にブランドの方向を転換したんで、その頃から使われなくなったみたいですね」

さて、そんなヨコハマタイヤのスマイレージのような印象をうける、ハンプティ・ダンプティーだが、こちらの出典元はどうやら不明らしい。
卵はかつて高級品だったから、それを擬人化して塀から落ちて壊れたものを、事故死と見立てたものなのだろう。

特にフランス料理はそれが如実だが、西洋ではいかに無駄に使用したかで高級度を競うものだから、コンソメスープの灰汁取りは卵を使用すると言う。
日本では使わない玉ねぎの頭と根っこの方を黒焦げに焼いて、活性炭にしたものを灰汁取りに使うようだから、無駄を無くすために工夫を凝らす日本との考え方の違いは、非常に顕著だ。
つまりは庶民には高級品の卵が割れても、王様にとってはとるに足らないもの。と、言う意味なのだろう。

さて、右京のメモのような手紙の最後の、実にストレートな『ママが私を殺したの』は。


お母さんがわたしを殺して
お父さんがわたしを食べたの
兄弟たちはテーブルの下にいて
わたしの骨を拾って床下に埋めたの

その恐ろしげな歌詞のついた歌の目的は、実に単純明快なもので。
「悪い子にしていたら食べちゃうぞ」と言う意味の、昔話や伝承にはよくあるものだ。
秋田県のなまはげのようなものである。

「さて、ここで問題になるのは、何で杉下さんはこれらの歌を“murder”と言う単語を使わず、“Can you solve it”と言う文言で、僕に手紙で送って来たのでしょう?」

「そりゃあんたが死体が苦手だからじゃねえのか」

「でも考えてもみてください。杉下さんは普段はデジタル機器を使いこなす人です。メールでだって良いはずです」

「そもそもよお。そんな歌の内容で・・・」

と、言いかけたところで杉下右京と言う男は、妙なものにアンテナが引っ掛かる事を思い出した。
その根拠やヒントになるものが短歌であったり、小説であったり、詩であった事もあった。

「つまりは、この行為自体が全てのメッセージって事なのか?」

「そういうことです」

「面倒くせえなあ」

「だってあの杉下さんですよ。僕がイギリスに籠っている間に、特命係を殺したのなら、どんなに時間があっても修復は不可能だから、君に対してどんな報復だって行う。と、言ったところでしょうね」

「はあ?」

そういって封筒の中に封入されていた、2枚の紫色の花の写真を取り出した。どうやら同じ種類の植物のようだが、やはり伊丹にはその意味がさっぱり分からない。
春咲きマンドレイク オフィシナラム
春咲きマンドレイク オフィシナラム

秋咲きマンドレイク オータムアリス
秋咲きマンドレイク オータムアリス

「マンドレイクの花ですね。シェイクスピア好きの杉下さんの事ですから、当然マザーグース以外にも絡めて来ると思っていました」

「シェイクスピアが好きなマンドレイク?」

「ほら、杉下さんがいなくなってすぐに、植物好きの殺人事件があったじゃないですか。その時の被疑者を捕まえる時に言った言葉、覚えています?それですよ。
更にマンドレイクには秋に花が咲く種類と春に咲く種類があって、春に咲くのがマンドレイクの雄。秋に咲くのがマンドレイクの雌と言われているんです。2枚あるのはそれでしょうね」

そういえばそんなことあったっけな?と、伊丹は思い出す。
『そうだった。ネットのカリスマが主催する、植物好きの同好会内で毒草を合成した危険ドラッグが流行っていたんだっけな』

神戸尊の事件簿1 季節外れのリコリス

                      ▽

まだその頃はYouTuberと言う言葉は一般的ではなかったが、動画配信やブログの広告収入を生業にする人は知られていた。
その仲間が引き起こした、まるで古典の授業をうけているような事件だった。
その時は杉下右京が置き手紙だけを置いて、イギリスに行ってすぐだったから、彼も右京の真似をしていてずいぶんと不安定だった。
思えばその当時に比べれば、見違えるほど彼は強くなったと思う。

「それで、シェイクスピア作品には、毒薬や麻酔や媚薬としての役割で多く登場するんです。
日本では世界初の麻酔薬を作った華岡青洲(はなおかせいしゅう)の使った植物の名前が同じですが、それはチョウセンアサガオになるんですけど」

「そういやそんな話してたっけな。麻酔薬の開発に実験台になった奥さんが失明したんだっけか」

「そうですそうです」

「しっかし、だとしたら杉下さんはどうしてこんな写真を送って来たんだ。あの偏屈の事だ。もしかしたらあんたが最初に解決した事件。って調べた事なんじゃねえのか?」

「うえ。だったら気持ち悪いです。でもありそうで怖いです。なにげにストーカー気質ですからね。あの人」

伊丹の言葉に、尊はあからさまに嫌な顔をするが、ここのかつての主がやることは、以前から代わり映えのしないものだ。
まあマンドレイクの花が差し込まれていたのは、きっと大した意味はないとは思うが。
ふいにその時尊がその存在を示していた人物の事を思い出した。
尊がリーダーを取って初めて被疑者を捕まえた際、ぼそりと呟いたそれが印象に残っていた。

「そういえば、その事件で時々出てきた “咲” って誰だ」

「へ?」

「まあ、花に詳しい女友達の名前だと思うが」

「あ、ああ。確かにそんなこと言いましたね。
咲ちゃんっていう、小学校と中学校で友達だった女の子の名前です。植物が好きな子だったんですけどね。病気で早くに亡くなってしまって。
だけど、僕が交番にいた時、近くに小学校があったんですけどね。そこに通っている子で、いつも遊びに来る子が同じ名前だったんです。なんか不思議な縁があるなって」

なんだ。
聞いてみれば実にあっけないものだ。
何故この事が気になっていたのかは、自分でもよく分からないが。きっと慣れていない状況の中で聞いた言葉だから耳に残ったのだろう。と、伊丹は考えた。

「どうしたんです?その事が気になっていたんですか?」

「いや、マンドレイクの花とやらが手紙の中に入っていたから、思い出しただけですよ」

「そうですか。んふふ」

そして妙に元の主に似た笑い方に、やっぱり杉下右京と神戸尊はどこかで入れ替わったんだ。と、伊丹は心の中ではっきりと結論を加えた。

「で、結局これはなんだったんですか?」

「んーーー。そうですね。簡単に言えば “まっくろくろすけ出ておいで。出ないと目玉をくりぬくぞ” みたいな感じですかね?」

「なんだ。結局殺人は関係ないんじゃないですか。表現は物騒ですが」

思いがけず時間を潰してしまった杉下右京の謎の手紙へぼやきに、尊は今度はぴんと人差し指を立ててこう答えた。

「何って、これがブリティッシュジョークですよ」

結局はいつものイギリスかぶれ。と言うことであった。
そうしてすっかり元の主に似た尊は、今度は元の主ではかけられなかった言葉を伊丹に向ける。

「さて、ここまで付き合ってくれたので、お茶でも淹れましょうか」
11周年文字無し
Side Kambe's Theme:The Police - Every Breath You Take



おしまい

                ▽         ▽

記念すべき第一作から放置していたものを、ようやく回収しました😅